Trip to Russia 7

ロシアでの最終日を記念すべく、ロシアの銭湯(バーニャ)に行ってきた。
銭湯の中で、裸のままおどおどしたくないので、事前にロシア式銭湯の入り方について調べて見た。まずは日本よりずっと熱いサウナに10分間入る、そして水風呂に浸かる。これを交互に3回から5回行うそうだ。これだけ聞くと何かの新興宗教の修行のように聞こえるが、実際のところ修行に近い、何かを悟れる気すらする。
ロシア人を観察していると、サウナに入っている時間はかなり長いし、しかも謎の木の枝でお互いの体を打ち合っている。しかも、サウナから出てきたら、なんとヴォッカを一気のみしているでは無いか。僕は修行を三回繰り返した所でギブアップ。因みにこの銭湯、2時間でおよそ6000円。結構いいお値段します。モスクワでも結構有名な所らしく、来ているのは皆富豪だとか。

Trip to Russia 6

夜行列車でサンクトペテルブルクへ向かう。昼間にロシア版新幹線に乗るというオプションもあったが、子供の時によく中国の夜行列車に乗っていたので、一種の懐かしさを感じに夜行列車を選択した。
夜行列車は極めて快適だった。信じられないほど静かで、動きがスムーズ。程よく揺れており、気がついたらすでに日が登っていた。一つのコンパートメントに4人が泊まるというスタイルで、残り3名のロシア人もなかなかナイスで、言葉が通じないなりに、僕とコミュニケーションを図ろうとしていた。
サンクトペテルブルクは僕にとっては、モスクワよりずっとインターナショナルな都市で、英語が通じる場所も少なくない。そして観光スポットが密集しているからだろうか。ツアー客で溢れかえっている。その大半がアジアからの団体。見分け方がだんだんわかってきたが、若い人中心でデカイ一眼レフを持っているのが中国、団塊の世代中心なのが日本、韓国からの観光客は大体女性のファッションで見分けがつく。
サンクトペテルブルクといえば、数多くの宮殿だ。贅を尽くしており、息を呑む美しさ。世界何処でもこういった君主制の遺物があるが、現代の億万長者でもこういった建物を一人のために作ったりはしないだろう。そういう意味で工業革命は偉大だし、貧富の格差は長いスパンでみると小さくなっている。もっとも、所有することに対して興味を失っているだけかも知れないが。

Trip to Russia 5

ユースホステルに泊まる醍醐味は、人との出会い。
僕が泊まっている部屋に新しい客が入ってきた。オーストラリア人で、年齢は45歳くらいだろうか。ロシアにはすでに数回来ているらしい。少し雑談した後、アンティークカーの無料チケットがあるから、見に行かないかと誘われた。まぁ、特に予定は無かったので、彼について行くことにする。途中で、若い頃ロシア美女との武勇伝を延々と聞かされる。
地下鉄乗ること1時間、会場に到着。見て回ろうとすると、俺も実は出展しているから見に来いと言われる。半信半疑のままついていくと、そこにはボロボロのフォードT型車があった。なんとこのおっさん、オーストラリアからこの車をアフリカ経由でロシアまで運転して来たというのだ。12カ国を通過し、9ヶ月くらいかかったらしい。ただのエロおやじではなかったようだ。
因みにこの車、45,000ドルで売りに出ています。ご興味ある方はご連絡を。

Trip to Russia 4

ロシアに来て三日目、感想を書いてみる。
まず驚いたのは英語に対する重視度の低さ。殆どの観光施設で一切英語の説明がないし、地下鉄でも英語の表記は一切ない。また高級なレストランに行っても、満足に英語を話せる人は限られており、オーダーすることも一苦労。今まで行った国の中で、英語が通じないレベルが最も高いかもしれない。旧ソ連の驕りから起因しているのか。喋れないなりに、結構親切にはしてくれるが。
また喫煙率が半端なく高い。男性はぱっと見、皆歩きながらタバコを吸っているし、可愛い女子も道端でガンガン吸っている。100メートル歩けば、絶対タバコ屋さんがある。因みに、ロシア男性の平均寿命は59歳。アフリカの途上国同じレベルだ。
あと、利便性の高い小売業があまりにも発達していない。自販機は空港以外で見かけたことはないし、コンビニは大分探したが、今のところ見つかっていない。なので、水を買うことも結構大変だ。もちろん、ハイエンドな百貨店やブティックは多くある
意外だったのが、男女問わずかなりおしゃれをしていること。男性であれば、30代以上は基本的にシャツにジャケット、女性はドレスチックなものを着ているひとが多かった。そう言えば、平壌市民の服装もかなりフォーマルだったが、共産主義と何かしらの関係はあるのだろうか。

Trip to Russia 3

Facebookの威力を感じさせた一日だった。
このブログはFacebookにリンクされている。投稿されたエントリーを見て、コンタクトしてきたには、僕がNYで語学を勉強していた時のクラスメートのロシア人。Facebook上でそのままやり取りをする。
其所でまってろ、いま迎えにいく!
と言われて30分、彼はaudiのSUVで颯爽と登場した。
そう言えば、彼はロシアの某PEファンドで働いていたっけ。
こうなったら徹底的に奢ってもらうしかない。彼は完全に正装だが、僕はユニクロのフリースにカーゴパンツ。それでも、まずリッツカールトンの最上階で素晴らしい眺めを楽しみながら、コーヒーを飲む。
その後、ロシア料理が食べたいといったら、即座に市内でも有名な店を予約してくれ、食事をご一緒した。やはり、持つべきものは、金持ちの友達だ。ちなみに、ロシア人の美女がたくさん来るパーティーにも誘われたが、それは丁重に断っておきました(笑)
彼は元々モンゴル系で、ロシア人の中ではマイノリティー。大学がきっかけでモスクワに出てきた苦労人だ。そんな彼曰く、大都会に住んでいるエリートはプーチンのことをよく思っていないらしい。どこの国も愚衆政治が流行っているということか。

Trip to Russia 2

フライトは1時間後にモスクワに到着。どうやらロシアを目的地としている乗客はごく少数で、大半の人は欧州行のフライトに乗り換えてしまうらしい。
アエロフロートに乗るのは二回目だが、そんなに悪くない。ご飯もそこそこいけるし、サービスも合格点には達している。これほど評判が悪いのは、きっとソ連時代から引き継いだ共産主義を思い起こすロゴとよくわからない社名のせいではないか。エンジェルエアラインに改名し、デザインを一新すれば、あと200ドルは値上げできる気がする。
ロシアは僕にとって、近いようで遠い国だ。実際もう9時間も飛行機に乗って居るんだから、結構遠い訳だが。約40年世界最強の米国と張り合っていた国をこの目で確かめて見たいという動機は大きい。そして意外と周りの友人でロシアに行ったという人は少ないというのも僕がロシアに興味を持った一因だ。

Trip to Russia

一年半ぶりのバックパッカー的な一人旅。最低限の荷物を詰め、まだ読んでいないガイドブックをカバンに放り込む。旅のスタートとしては、決して順調なものではなかった。
そもそもフライトの日程を間違えてしまい、その変更はPudong空港のみで受け付けると言われてしまい、追加料金を支払った上、半日かけて変更した。そして、たったいま自分の会社の従業員を一人クビにしたばかり。ついでに言うと、先週新しく買ったiPhoneも見事になくしている。まぁ、偏見かも知れないが、ロシアに行くには、これくらいのウォーミングアップが丁度いいのかもしれない。
空港行きの電車でガイドブックを見始める。少なくともこのガイドブックが描写するロシアはあまり魅力的ではない。警察は旅行者からお金を取ろうとするし、夜行列車では寝ている間にものが盗まれる。水道水には寄生虫が入っていて、それで歯を磨くと下痢になるらしい。唯一の慰めは、このガイドブックが09年に出版されていること。状況が改善されていると信じたい。

Impression of Singapore

週末を利用して、一日半程度シンガポールに滞在。
今後アジアで働くとすると選択肢は、東京、上海、香港、シンガポールくらいしか無いと思っていた。
そういう意味で、今回の旅はどれだけシンガポールに住めそうかという調査も兼ねている。
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結果からいうと、シンガポールで数年働くことは全く問題ないが、中長期的に住みたいという感じはあまりしなかった。思ったことを五月雨式に書くと。
-合理的な街であることは間違いないが、合理的過ぎてつまらない
オペレーションズ・リサーチを勉強した人間としては、シンガポールの街の作りに感銘を受けた。公共交通網、シティプランニング、お店の中の細かい仕掛け等すべてが効率という目的関数のために最適化されていた。だが一方で、エリート主義的な共産社会で生きている感覚もあり、人間臭さがあまり感じられない。すべてがシンプルなのだが、美しくもないし、深くもない。真面目になったラスベガスというところだろうか。
-思ったほど、暴力装置が働いておらず、市民の自覚によって秩序が保たれている
来る前に読んだ本によると、地下鉄で水を飲むと2万円の罰金で、ガムを噛んでいるとムチ打ちの刑(?)が課されるらしい。実際地下鉄で飲食している人も、ガムを噛んでいる人も見当たらなかったが、それを監視している国家の力も感じられなかった。制度を施工した当初は働いていた強制力が、すでに人々の習慣に刷り込まれたのだろう。この15年で移民が大幅に増加しているにも関わらず、この状態を保てているのは、一人当たりGDPの高さによるところが大きいのかも知れない。
-気候的に、アパレル業界としては魅力的ではない市場
シンガポールは思ったほど熱くなく、上海より最高温度はむしろ低い。だが、春夏秋冬の変化がないのは、アパレル業界にとっては致命的だ。季節感がないと、キャンペーンもセールも打ち出しにくい。業界統一でセールを行なっていたが、その次も夏物を売っていたら、購買欲は刺激されない。街なかの女性を見ても、ZARAとかで売ってそうなワンピースに、薄手生地のカーディガンというパターンが多い。客単価は高くないはずだ。
-小国であるメリットを最大限に生かして、経済的に発展している
こちらで働いている友人とも色々話したが、やはり実効税率、特に法人税が半端無く安い様だ。国の幹部がFORTUNE500の会社に対して、自らトップ営業を展開している。こういった柔軟な経済制度、移民政策も、小国だから統制が取りやすいからではないか。もちろん大国であるメリットは有るのだが、一部の地域を特区として権限をdelegateしないと国としての競争力が下がってしまう可能性が高い。

Inner Mongolia

5月の連休で内モンゴルに行ってきた。
中国は数年前からゴールデンウィークが3日間になっていて、
連休といっても、いけるところが限られているが。
いつものように、ろくに調査もせず、
内モンゴルだから大草原が広がっているだろう
くらいの気持ちで飛行機に乗り込んだ。
結果的には、大草原も悪くなかったが、砂漠テーマパークには圧倒された。
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簡単に言うと、砂漠の上にディズニーランドを作ったという感じだろうか。本物の砂漠を利用して、3つのテーマが異なる島を作り、そこに様々なアトラクションを展開している。3つの島の間は、ラクダ、トロッコ列車やロープウェイなので行き来することが可能。睡蓮の形に似せた5つ星ホテルも併設されている。
驚いたのは、細部の作りこみが結構できているということ。トロッコ列車に乗っている時に、沿線に内モンゴルの遊牧民に似せたキャストが出てくるとか、結構凝っている。またショーの時間もうまく考えられていて、海外のテーマパークのベストプラクティスを吸収していると感じた。260元というチケットの価格は、中国でもかなり競争力があるのではないかと思う。
中国は土地が広大で、自然のバリエーションも豊か。まとまった資金が投入でき、かつ派手なことも好きなので、今後中国が少なくともアジアにおける旅行大国になる可能性を感じさせる旅だった。

Trip to Manila

昨年のハバナに続き、今年の新年はマニラで迎えた。
感じたこと、思ったことを忘れないうちに書き留めておきたい
・観光地としてのマニラは不合格
31日からほぼすべての観光施設がシャットダウンされた。
観光客向けのインフォメーションセンター、
マニラ市内唯一の世界遺産を含め、皆CLOSEDのプレートをぶら下げていた。
さらに不可解なのは、市内の旅行会社、スパ、しまいにはホテル内のレストランまで休業した。
新年という世界共通のビッグイベントに対する施策を放棄するのは、
観光業からは足を洗いましたというメッセージを発したいとしか思えない。
ちなみにハバナでは国営の観光施設含めてフル稼働だった。
・貧富の差はほぼ種族の差とイコール
マニラ市内のマカティ地区を除いて、市の中心部でも、街の歩道を歩くことは危険な香りがした。
特に夜中に一人で外に出ることは相当な勇気が必要だった。
すでに廃業となった商店がそのまま数年間も放置され、
空き地はスラム化し得体のしれない浮浪者が住み着き、
ゴロゴロしているホームレスが、Happy New Yearと言いながらお金をせがんで来る。
コンビニを含めてすべてのお店には散弾銃を持ったガードマンが立っている。
ホテルに帰るには、タクシーが金属探知機で爆発物のチェックを受ける必要がある。
一方マカティでは、カルフォルニアを彷彿させるショッピングエリアに、
広大な敷地にゲート付きコミュニティが広がっている。
貧富の差から治安が悪化しており、さらに拍車を駈けているのは、
パッと見ほとんどの富裕層は、中華系なのだ。
実際富豪リストのTOP5はすべて中華系。
最近フィリピンへの英語留学が流行っているそうだが、
僕が接したほとんどの人は、英語を満足に話せなかった。
もちろん東アジアの他の国よりはよっぽど話せるのだが、
基本的にタガログ語を母国語にする人が大半だろう。
唯一流暢な英語が耳に入ったのは、マカティのインターコンチネンタル
そしてSM Mall of Asiaに入っているIMAXシアターだ。
種族の壁が言語の壁につながり、それが貧富の差につながっているのではないか
・安定した社会は民主主義よりも経済に寄与
60年代は、フィリピンはアジア第二の一人あたりGDPを誇っていた。
それがいまではブータンより一位上の世界123位。
一人あたりGDPが一万ドルを超えるまでは、
民主主義よりも安定した社会が大事なのではないか。
[世] 一人当たりの名目GDP(USドル)の推移(1980~2011年)の比較(フィリピン、中国)