Vulgar commercialism drives out old-line society

明けましておめでとうございます。2008年が皆さまにとってどうか良い年でありますように。今年もよろしくお願い申し上げます。
今年の正月は伊勢で過ごしました。山に登り、温泉に入り、神宮でお参りをして、とてもよい一年のスタートがきれました。
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さて、最近メディアを騒がせている「赤福」は伊勢にあるわけだが、扉の前には無期限営業停止の張り紙が貼ってあり、観光スポット化していた。「赤福」本店は、彼ら自身が作った「おかげ横町」というテーマパークのようなエリアの中心にあるのだから、見てる分には結構面白い。
この「おかげ横町」というのは、地方にある安っぽいテーマパークと同じように、1時間もあればとことん飽きることができるスポットだ。運営先は伊勢福という会社で、実質赤福の子会社である。都心部にある私鉄に代表されるようなデベロッパー的なビジネスモデルをうまく運営している。本業のお餅が年商150億円ぐらいだから、かなり成功しているほうだろう。
別に赤福批判をするわけではないが、日本文化を代表する伊勢がなぜこのような商業主義の塊を抱えることになったのか不思議でならない。あの京都ですら醜いコンクリートが並んでいるのだから、これは日本全体の問題かもしれない。理由を探ってみたい。
1、木造建築物は建て直しの周期が短いため、商業主義に汚染されやすい。
確かに欧米の建物に比べて、木造の建物は寿命が短い。だがそれは立て直すとき、それを商業施設にする、またはコンクリートの塊にするということはまったく意味していない。たいしたお金をかけなくても、木造建築物の快適さは大きく向上する。それを選択しないのは、ほかのところに問題があるはずだ。
2、政府、自治体が都市計画をまともにやっていない。
日本はなぜか近代になってから、ほとんど無計画に都市を拡張してきた。おかげでインフラ、交通機関など公共施設がひどく非効率になった。しかし、「おかげ横町」のような町おこしはたいてい地方政府が主体となって動いている。彼らは都市計画ができないわけではない、税収にすぐ結びつく都市計画(ミクロレベル)しかできないのだ。
3、進歩のベクトルをあまりにも単一的に捕らえている。
日本は戦後、経済的な豊かさを追い求めて90年代初頭まで成長してきた。その中で「進歩=経済的豊かさ=コンクリートの建物、電化製品、便利さ」という図式が出来上がった。それは経済的豊かさが世界2位になったときにもさほど変わらず、一人当たりのGDPが十八位に転落した今でも、それを見直そうとする動きはあまり見られない。「おかげ横町」は伝統文化を守るためではなく、経済的豊かさを追い求めるために作られたのが問題だと思う。
世界経済のターニングポイントとなると思われる、2008年。日本のプレゼンス低下に歯止めをかけるために残された時間は少ない。

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