教えることと知っていること

人間はあることに精通していても、それをうまく相手に教えられるかどうかというと微妙です。その端的な例は語学ではないのでしょうか?ぼくは今新宿で中国語を教えています。11月27日の中国語検定に向けて、生徒さんが猛勉強を始めています。それに比例して、ぼくが聞かれる中国語の問題も増えてきます。その中にはあっさり答えられるものもありますし、答えられなくて気まずい思いをするものもあります。これを聞いた人はネイティブスピーカーなのに何で知らないのだと聞くかもしれませんが、日本語を例に挙げてみましょう。たとえば、「アイルランドの首相が東京にきた。」と「アイルランドの首相が東京にきた。」の違いはなんなのでしょうか?「いいです」がどういうことに「Good!」を意味し、どういうときに「No, thanks.」を意味するのでしょうか?また「ライス」と「ご飯」の意味の違いは?このような問題は教える方のレベルの向上により解決する問題もありますが、たいていの問題は本当に説明しにくいです。
ぼくはこのような問題は自分が実践の中で徐々に習得していくしかないと考えています。「は」と「が」の使い方の違いを教えるのはナンセンスであり、使っているうちに徐々にわかってくるものです。だからぼくは聞いてくる人に具体例を出すようにお願いします。その一つ一つの状況の中でこそ、その言葉の簿妙なニュアンスが読み取れるのです。

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